Diary
社長のひとり言
本気のワークショップについてもうちょっと詳しく
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「川本成 本気のワークショップ」
ありがたい事に結構残り枠数少なくなって来ました。
とはいえ、一言でワークショップといっても、世の中には色々な種類のワークショップごあると思いますし、じゃあそんな中で川本のワークショップは何をやるんだ、どんな事を教えてくれるの?他の何が違うのよ、との疑問質問、クレーム、そしてクレームなど、様々あると思いますので、少し僕ならではのワークショップについて、例えばこんな事を一緒に共有しましょう、的な事を書きたいと思います。(以前にnoteに書いた記事を再構築して新たに記事にしております)
最近はありがたいことに舞台などの演出や脚本をお願いしていただく事が増えまして、稽古場で色んな役者さんとご一緒します。
当然、人が違えば人それぞれ今までの人生、生まれた場所、歩んできた環境など、観てきたもの、聞いてきた事、経験した物事など、1人として同じ人はいませんし、様々だと思います。
その上でお芝居や表現というものとなると、これはかなり大変で、どんな風に、誰と、どんな事をやって来たのか、誰に何を教わったのか、逆に誰にどんなダメ出しをもらった事があって、どんな風にそれを反映しているのか、とか、もう途方もなく、人それぞれ。共通認識、とかのレベルじゃなく、概念すら様々なのです。
僕自身は元々は演出家をやる事になるとは全く思ってませんでしたし、脚本なんかも書けると思った事は一度もありません。
脚本を書こうと思ったこともない。というか、書きたい事がない。と思ってました。
そもそも、完全に演者「出る側」として、なにかを演じたい、とか表現したい、とか歌いたい、とか、まあ総じて、モテたい、だったかもしれませんが、結局は前回の社長のひとり言にも書きましたが、誰かに必要とされたかった、君じゃなきゃダメだと言われたい、あなたにお願いしたい、など、僕自身の個性、「僕という個」を選んで欲しい、みたいな感じだったと思います。
つまり選ばれる側。
それが何故か最近、不思議な事に逆の立場になる事が増えました。
演出家になってしまったからです。
いや、厳密に言えば、演出家になったのか?いつから?俺自身はなったつもりはないぞ?いや、舞台などの演出をやらせていただく事になったのだから、その現場では僕の事を演出家と呼んでくれているという事です。つまり僕のやっているアレが一般的な「演出」というものかどうかは分かりませんが、「僕なりの作り方」というものでクリエイティブをやらせていただける様になりました。ありがたい事です。
しかし当然ながら、これは完全に1人の力では出来ません。周りの素晴らしいスタッフさんがいないと演出家、などというものは成り立たないからです。
ああしたい、こうしたい、とか勝手で無理目なアイデアなんかも、それを笑顔で具現化してくれる、舞台部の方々や、音響さん、照明さん、衣装さん、音楽など、様々な役職の方々と一緒に作る、という事です。
演者のみをやっていた時に「あちら側」と見えていた側にお邪魔してみて、より一層思うのですが、「こちら側」から見ると景色がまるで変わりました。
どういう事なのか。
絶対的に、演ずる側も、お芝居や表現も絶対にひとりじゃあ出来ません。
お芝居は誰かと演じます。誰か相手とお芝居するからです。じゃあひとり芝居は?ひとり芝居も経験しましたが、ひとりだけど、ひとりじゃありませんでした。それはお客様がいるからです。
つまり、演じたり、表現したりすることも、相手だったり、見てくれる人がいなければ、成立しません。ひとりじゃあ出来ない。
これは飲食店とも近いですよね。
カレー屋さんはカレー作って、はい完成、じゃないです。カレーをお客様に食べてもらって初めてカレー屋さんです。
カレー完成!超こだわりの素材で作りました!
はい、綺麗でしょ、じゃあ、ゴミ箱ポイ、なんて絶対に有り得ません。
全ては「対の関係」にあると思います。
スマホだって、スマホだけが、ポンとあっても、それはただの物です。
スマホは使う側があって初めてスマホとして機能するわけです。
つまり何が言いたいんだよ川本、とこの辺りでDMにクレーム殺到してきましたので、話を具体的に。
よく聞かれる2大質問が、
「お芝居ってどうやったら上手くなりますか?」
「オーディションってどうやったら受かりますか?」
です。
実は僕、演出家とかプロデューサーもやる事になっちゃった最近、オーディションとかを審査する側になっちゃったのです。
受ける側だった今までと逆の景色。不思議な事になったなあ、と。
選ばせていただく側になった時に、はあ、なるほど、と思いました。なるほど、そういう事か。
どういう基準で見るのか。
審査する側が何を見てるのか。
まず、原作や役なんかがある場合は、その役に合ってるか合ってないか、というのはこれ一番重要ですよね。
そもそも違うなら、違う。
ミュージカルなら歌のスキルなんかは必要ですし、ダンスがあるならダンス踊れるのは大事。
ここまでは、そもそも、のやつです。
で、その次の段階で、お芝居力?上手さ、となると、ここはあえて極端に言いきります。
必要ありません!
個人的見解かもしれませんが、いや、おそらく違うな。
お芝居の上手い下手はあまり関係ないと思います。
ええ?!大丈夫?言い切って!川本よ!!!
いや、少なくとも僕は、上手い下手で判断しません。
じゃあどこ基準?なに基準?合格ラインは?
これから「一緒に頑張ってくれそうな人」です。
その人と何かをやりたいかどうか。
実は、僕なりの言葉で言うと、「上手いか下手か」の上に「いいか悪いか」という判断が人間にはあると思っています。
よく、演劇や映画、エンタメの世界では、リアルかリアルじゃないか、みたいな話になる時があります。
じゃあ、例えば、田村正和さんの演技は上手いですか?いや、上手いだろ!当然上手いです。当たり前。もう、俺なんかが語っていいレベルではないのですが、そりゃあ上手いでしょう。
上手いっていうの以上に、ちょっと、普通じゃない、田村正和さんにしか出来ない演技。
古畑任三郎とか、なんというか、なんか普通じゃないですよね、言葉を選ばずにいうと、ちょっと変というか、いい感じの「違和感」がある。個性的。唯一無二。
つまり、いい、って事です。
極端な話をしますと、そこにリアル、だとかリアルじゃない、とかなんかは最重要ではない。
良けりゃあ、いいんです。
西田敏行さんだって、田中邦衛さんだって、例えば歌手で言うとサザンの桑田さんだって、忌野清志郎さんだって、なんかその人にしか出せない強烈な「違和感」がある。いい意味で、変、ですよね。
いや、全員、そりゃあ上手いですよ、上手いけど、なにより、いい。超いい。何がなんでもいい。
なんか分かんないけど、「いい」っていうのは重要な事です。いい、ならいい、のです。
これまた飲食に似ています。
例えば、めちゃくちゃ美味しいけど、なんかマスターが小うるさいお店があったとします。
ワインの蘊蓄ばかり話されて、なんかゆっくり飲ませろよ、みたいなお店。いやあ、美味いんだけどねえ、なんかねえ、みたいな。
逆に、例えば、特段美味しくはないけど、なんかお店のおばちゃんがいいから行っちゃうんだよねえ、みたいな感じのお店。
なんかさ、あそこ行くと常連さんでいつもいっぱいだよね、何が美味しいって訳じゃないのにね。なんかいいよね、みたいな感じ。
役者とか表現を「生業」にするにはここ結構重要かなと思うのです。
つまり、完璧なんて全然いらないし、むしろ完璧になったからいいかというと、そういう事ではない様な気がするのです。
先程、「一緒に頑張ってくれそうな人」
と書きましたが、それ以外にも、一生懸命やってくれる人、とか、たくさん失敗してくれそうな人、とか全然めげない人、とか、よく笑う人、とか付き合いのいい人、とか理由が面白い人、とかバカバカしい人、とか発見する人、とか、なんか分かんないけどいい人、とか。
そういう人達、やっぱり「いい」のです。超いい。
これを魅力的と言うんでしょう。
僕自身、舞台を作る、とか何かをご一緒する、って、一生モノだと思っています。
人生を共にするって事です。
全ての出来事は自分にとっての冠婚葬祭だと思うとわかりやすいです。
誰に結婚式を作ってもらいたいか、どこでウエディングやりたいかと考えると、やっぱりいい人にお願いしたいですよね。当然です。手作り感満載だけど、とても愛のこもった結婚式なんて最高。お葬式だってそうです。大切な大事な人を見送るわけです。いい人にお願いしたい。
お芝居や表現だけじゃなくて、色んなお仕事なんかも全てそうです。
やっぱり、誰かの為に何かをやる、って事が生きる意味だと思ったりもするのです。
上手い下手も重要な事ですが、誰かにお願いをしてもらう、必要としてもらう、って事が大事かと個人的には思います。
それを、大前提に考えつつ、その自分にスキルという武器をプラスしていく、自分育成RPGでしょう。
みんな勇者です。
とにかく考え方、大事です。
だから結局、オーディションに受かる方法は、というより、みんなが知りたい事の事の本質は、自分のいいところや魅力を全面的に気に入ってもらった上で受かる方法は?だと思う訳です。
ちなみに、オーディションだけでいうと、僕は、
「10回中10回、やり方を変えない事」をおススメします。
統計学で考えてみましょう。
10回のオーディションがあって、3回受かったら3割バッターです。凄い。4回も受かったら、4割バッター?すごすぎる。
同じやり方で10回落ちたら、やり方が間違ってるからすぐにやり方を改善した方がいいでしょう。
一回一回、対策して、予想して、それで落ちたりして、凹んだり落ち込んだりして、やり方都度を変えていると、自分というモノがよく分からなります。
だって選ぶ側や相手、クライアントさんの「選ぶ基準」がそれぞれ違うかもしれないのに、それを予想してやり方を大幅に変えるのは、もう闇雲なギャンブルに近い。
とりあえずそれよりも、まずは自分のアピールの仕方やプレゼンのパッケージなどを考えて、それを披露するという
「自分の価値」
という自分側の考え方を大事にした方がいいと思うからです。
でも、ここは頑張らなければいけないかもしれません。ここの部分は、実直に一生懸命、嘘偽りない自分を出す方法を模索したい所です。
じゃあ、自分の魅力とは?どうしたら見つかるの?と。
これは自分でも考えたりするのは大事ですが、大体は人に聞いたり、人と色々な事をやってみたり、色んな人と体験を共有したりすることで、発見出来るかもしれませんよね。いや、人が発見してくれる。
さて、ここて、やっとワークショップです。
ワークショップのいいところは、やってみる事が出来るからです。
先程も書きました、全ての事はひとりじゃ出来ない、という事。
とりあえず理屈抜きで、ワークショップという場所で、自分ではない誰かと一緒に、成功のための素敵な失敗をたくさん体験しようではありませんか。
その人自身が持つ個性や魅力を誰かに発見してもらう事は大事です。
何故なら演技も表現も誰かの為にやるからです。
僕自身も経験したのですが、なんだかその場では分かったけど、頭パンパンで、さて、じゃあ一晩寝たら、あら、なんだったっけ、となる事が多かったです。
だから、自分自身の個性や魅力で生きていく方法を、「自分に合うシンプルなやり方」自分だけのオーダーメイドしていく方法など、経験則も交えながら、僕なりにお伝えできたらと思っています。
そして、色々な事を、実践しながら一緒に演じてみたりしましょう。そして何かをやる事による「気付き」を体験しましょう。
失敗???ダメだったらどうする?恥ずかしい?
ないない、全部面白い。稽古場はそういう場所です。やればやるほど、素晴らしい経験値が増えるだけの話です。
ざっくりいうと、演技とか、表現とか、もっというと人生とかって正解のないモノなので、世の中の全てを覚えようとすると5000年くらいかかりますわ。いや、5000年じゃあ無理だ、無理だよ。
せっかく自分として生まれてきたのだから、自分専用の自分教科書を作る、みたいな事な訳ですから、ここで僕の好きな言葉。
「覚えなくていい事を、早く覚えましょう」
これも短いフレーズの言語化ですね。
ミクロネシア出身のAB型の税理士、の演技、とか覚えなくていいよ、そんな役、やる機会ないよ!
いや、待てよ、なんか面白そうだな、ミクロネシア出身のAB型の税理士が巻き起こす、ドタバタコメディミュージカル。いや、なんか面白そう。斬新だしな。…………書いてみようかな。いや、書けない!広げ方がわからない!