Diary
社長のひとり言
川本成 本気のワークショップ 無事終了
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川本成 本気のワークショップ
無事終了しました。
僕自身、今までワークショップというものをオープンな形ではやってきてはいませんでした。
何か舞台などがある時の稽古場での色々や、本当に近しい事務所さんにレッスンなどご依頼を受けたりする時だけ実施していましたが、オープンな形でもやってみようかと思い、2025年の初旬に1回目を開催しました。
実際オープンな形でやってみると、色々なジャンルの方々が集まってくれて、当然年齢やキャリアなどもバラバラ。
でも、これが思いもよらない刺激の交換になったり、お互いとても触発される部分もあり、僕自身もとても得るものがとても大きかったです。
約1年後の2026年今年の初旬に2回目を開催しました。
初回とはこれがまた全然違った空気感があり、来てくれた皆様全員とても魅力的。
こちらがご用意した謎めいたワークにも積極的かつ、アクティブに望んでくれました。
これからも何かでご一緒したいと心から思える様な皆様と出会えて、新鮮な時間を共有することができましたし、とても未来を感じたワークショップでした。
そして今回。
時速246が会社になったのもあり、夏休み期間の8月にもちょっとやってみようかと。
3回目の開催です。
今回はいつもに増して、俳優や声優活動以外の、別ジャンルの方々が多く参加してくれました。
それだけに、今回ならではのとても新鮮な空気が産まれたと思います。
全く違う生き方や道をそれぞれ歩んできた皆様がここで交わってくれる事にとても幸せを感じます。
川本成 本気のワークショップ、と銘打っています。
演劇のワークショップの通常はどんなものなのか、それは色々あると思いますが、僕のワークショップは独特ではあると思います。
ぶっちゃけ、演技にまつわる事、例えばセリフを読んでみよう、とかお芝居をしてみよう、みたいなことは、ほぼやらないかもしれません。
なんだ、それ、詐欺か!!!
と、心のペットボトルが飛んできそうです。
いや、厳密に言うと、全て演技や表現につながる事なのです。
しかし、僕的には、それ以前の重要な事、もっと根本の所というか、そもそもの事、がとても大事だと思うわけです。
僕のワークショップでやる事をざっくり書きますと、ストレスの逃し方であるとか、個性とは、とか、悩まない方法論とその導き方、であるとか、自分との向き合い方、とかアイデアとは、そして、最終的には、この世の中の構図、など。
さて、ここまで来ると、もう怪しいセミナーです。帰りに高価な指南書とかマニュアルを50万円くらいで売りつけたらもう完璧ですね。壺でもいいか、神棚とか。
いや、しません、そんなことはしませんよ。
怪しくないです。
基本、僕は、演技というのは、誰でも、「もう、出来る」と考えています。
純粋に考えると、もう、出来ます。
ここは、説明しだすと8時間20分かかるので、単純に受け取ってください。演技は誰でも出来ます。ほら、演ずるだけなら誰でも出来るじゃないですか。
それはそれとして、それと別問題で、世の中の色々とか、人との関係性の色々で、惑わされる事が多い、という事があります。
人は色々なことを言うし、それが正しいとか間違ってるとか、色々あります。
その人にとっては正しくても、自分にとっては合わなかったり。
演技だって、ある人からはいいね、と褒められて、ある人からは全然ダメだよ、と否定されたり。
結局、演技が出来るできない、上手いとか下手とか、って事と、演技で、世間や世の中で生きていく、という事は別問題なのです。
演技が上手くなりたい、と思って、例えば演技が上手くなっても、それで生きていけるかどうかは別だって事です。
それにもっと言うと、上手い、とか下手って、ドラクエとかみたいに数値化出来ません。
たとえ数値化したとしても、これまた人によって相手によってその尺度も違う訳で。
ああ、無限。無限地獄。
自分には判断がつかなかったり、自分自身に決定権のない様な数えきれない程の選択肢を掻い潜って生きて行かなければなりません。
とにかく、「自分」ってのと、「自分以外」がセットになってるのが人生です。
自分ひとりでは生きていけないし、必ず誰かと、世間と付き合っていかなければなりません。
お芝居だって、宇宙に自分ひとりだけいて、芝居したって、虚しいだけ。
お芝居や演劇、エンタメ、誰かに見てもらうためにやる訳です。飲食だってなんだって、食べてもらうために作る訳だし、必ず「対」(つい)になってるのです。
だから、結局、お芝居が上手くなる、上手く出来る事と、それが、誰かにとって、「いい」か「悪いか」という事とは別なのです。
ここをうまく理解したいのです。
時間は無限じゃないし、お芝居を勉強しようというのはいい事ですが、闇雲にやると600年くらいかかりますよ。600年ですよ?でも、600年かけて覚えたら、500年前のお芝居は古いでしょう。流行りや廃り、トレンドってのもありますからね。
「普通」とはなにか、考えます。
「普通」の正体。
そもそも「普通」が分からないと、「普通じゃない」も分からない。
お芝居やコントなんかで、よく出てきますね。「普通じゃない」人。そこに、普通じゃないよ!と突っ込んだりします。
でも、今から数十年前は、コギャルとかいましたし、メイクとか今と全然違うし。1990年代渋谷とかググってくださいよ。異世界です。
肩幅の広いスーツ着て、ディスコいったり、なんか羽の扇子擦り回して踊ってたり?
ぴちぴちのTシャツ流行りましたね。ピチティー?今はワイドシルエット?もう終わり?ワイドも。
もっと言うと、江戸時代とかちょんまげですよ。ちょんまげの人、今いる?
でもそれぞれ、その時代では「普通」だった訳です。
昔の「普通」は、今の「普通」ではないし、今の「 普通」も数十年後は「普通」じゃないでしょう。
「普通」ってのは、お化けです。
実体がないのです。
普通っぽく演技して、とか、結構難しいですね。
「普通」ってのは「世間」とも似ています。
普通との向き合い方、世間との向き合い方。
ここの仕組みはエグいかもしれませんが、一刻も早くその構造を理解しないと、人生がエグい事になります。
僕自身、最近はオーディションを審査しせてもらう側であるとか、作品のプロデューサーや、演出などやらせていただける機会が増えました。
どんな人とご一緒したいかとよく聞かれます。
つまりオーディションなどの基準。選ばれる基準。
もう、これは、一つ。
一緒に頑張ってくれそうかどうか。
上手いとか、下手とか、全く基準にありません。全く関係ないです。
それは、正直、どうにでもなります。
何かもっとズドンとした人間力、みたいなもの。
その人が経験してきた今までとか、歩んできた道とか、どれだけ失敗してきたか、とかそういった色々が厚みをなして、溢れ出る魅力になる気がします。
センス、とは何か、とも聞かれます。
言い切ります。
センスは知識です。
産まれた瞬間から、バリトンボイスでオギャーと無く赤ちゃんはいません。産まれた瞬間から落語の芝浜をしゃべり出す子もいません。
芝浜をやって、と言われて、知らなければやれません。YouTubeなりで、まず芝浜を調べて、ほうほう、こんな話なんだ、と知った人の方がやれる可能性が出てくる、というものです。
だからセンスは知識だと思うのです。
お芝居、エンタメだけに限らず、センスが知識ならば、色んな経験をして、美味しいもの食べて、友達どどこか遊びに行って、とにかくいろんな知見みたいな事が大事な気がします。
と、こんな事をつらつらと書き綴っていると、本一冊分くらい書いてしまいそうなので、もういいや、一緒に飲みに行こう、という事になりますので、とにかくそういう事を中心に、エンタメ感たっぷり、楽しみながら2日間を過ごすワークショップです。
自分、という大切でかけがえの無い唯一無二の価値を守りながら、世間とうまく付き合って行く方法。
そして、逆にいうと、これ自体が、その人にしか出せない唯一無二の演技、と深く関わってくる。
自分というガンダムに、小さいアムロレイのような自分を載せて、颯爽と人生を乗りこなす、自分の個性を認めて、理解し、それを世間にも理解してもらう、そんな方法。
でもここにはひとつ肝があって。
それは、誰かに教わるものじゃなくて、自分で気づく、が九割だ、という事。
何だそりゃ、教えてくれるって言ったじゃねえか、答え、教えろよ、バカヤロウと、またペットボトルが飛んできそうです。
いや、ここは来てくれた人ならわかってくれていると思います。この大事な部分は、ワークショップ来てくれた人たちと、僕だけの秘密。
とにかくそんな概念であるとか考え方をお互い、研究しましょうよ、というワークショプです。
今回、また、とてもいい出会いだったと思います。僕も皆様と会えて本当に嬉しいし、また頑張ろう、と心から思っています。
皆様各々、お忙しい中、僕のワークショップを選んでくれてわざわざきてくれる訳だから、今後、何かでご一緒できるべく頑張りたいし、この出会いがお互いの人生を豊かにするものであったら、幸せな事であるし。
今回も、終わった後、みんなでワイワイと食事に行きました。
そこでも未来を語り合いました。
僕に出来る事があったら、なんでもやりたいし、これからも場所を作っていきたいと心から思っております。
初回、2回目、3回目のみんなで、集まったりしたらまた面白い意見交換になるかも(笑)
川本成 本気のワークショップ
参加してくれた皆様、いや、みんな。
本当にありがとうございました!